マヨネーズ婦人

 

 

「今日からあたしのことを『マヨネーズ婦人』と呼んでちょうだい。」

 彼女はいつもの笑顔でそう言った。

彼女は本屋や化粧品売場が苦手だった。本や化粧そのものはもちろん好きなのだけれど、

売場、というものを彼女は極端に恐れていた。

彼女は『完璧願望』に多少歪められていた。

私はこれが好き、とはっきり言うことも出来ないのだ。

僕はある人形師の所に相談に行った。  

 

 

 僕達は新しい記録に挑戦していた。

今週末もまた、ドミノ大会に出場するため 、僕達は町の公民館へとやって来た。

積み木部門の先週の僕達の記録は88個、町 内10チームの中ではランキング2位 だった。

今日平行して競技をするチームが1 位で、同時スタートでそのチームより早く100個を

達成すれば、僕達は新しく1 位に躍り出ることが出来る。個数だけでなく、時間も審査

の対象だった。

100個位、積み木なら簡単に並べることが出来そうだが、この町は特殊な積み木を使用

していて、なかなか簡単には安定しないように出来ている。

ここで一位になっても、だから他の大会でも認められるかというとそうではない。

全くの孤立した、 それでも何故か大会参加者は毎年増加を続ける、ここはドミノの町だ

った。

「積み木部門」、の他にいかに美しい模様を作るかを競う「モザイク部門」や、粗大ゴ

ミになる大型電気機器、例えば冷蔵庫など、を豪快にばたばた倒す「もんくあるの部門」

などがある。中でもやはり早さと正確さ、カウントを競う積み木部門 は人気があった。

かなり広い体育館は内側を真っ青に塗られ、中に入る人はみな 、青のつなぎ服と青のヘ

ルメットをかぶる事を義務づけられていた。

 それは競技 者でも見学者でも審査員でもそうだった。

みんながそれを守るのは、「ドミノの 神様は青色がみえないから、騙して姿をあらわ

させるため。」と言う主催者側の 説明を信じているからではもちろんない。

銀色に塗られたいびつな積み木が青色 を背景にぱたぱたと二列一緒に倒れていく様子

は、本当に綺麗なのだ。

それこそ 何かが宿っていることを感じさせるくらいに。

夕方の光が射し込む時間に合わせ て完成したドミノを倒すのだが、もちろん競技の途

中にほとんどのドミノは倒れ てしまう。

いい光の中、二列一緒の完成されたドミノを見ることが出来るのは、 毎週行われる

競技会の頻繁さの中でも、年に二度くらいのものだった。  

 

スタートの合図が鳴った。

ランキング一位と二位の対決に、100個完成の期待 が高まり、観客は満員になってい

た。この青い異様な光景にももういつの間にか 慣れていた。銀の積み木を、僕達の

チームは順番に丁寧に並べていった。隣では 並行して小学生らが小さな手と足を動か

していた。こんな子供に、今誰も勝てないでいるのだ。全く扉も窓も閉め切った中、

1つ1つ、積み木が並べられていっ た。  

僕達のチームと小学生チームがほぼ同じスピードで50個を並べ終えたとき、突 然競

技終了まで閉じられているはずの扉がバタン、と大きな音を立てて開いた。

「超合金部門」の人たちだ。

彼らはひたすら人形を並べ続ける。最後に倒したり、数や全体の美しさを競うことも

なく、ただひたすら並べ、大会が終わればかたづける。

そんな彼らが、なぜか開けてはいけない我々積み木部門の扉を開け、あ んなにこわ

い顔をして立っている。彼女は誰より先に、いつもの笑顔でこう言っ た。

「表の競技中につき、立て札が見えなかったのですか。」

 

2  

 私は今日もマヨネーズを買いに行った。

冷蔵庫にはマヨネーズが欠かせない。 しかも置いておく場所まで決まっている。

「扉に入れたら、冷えすぎるやろ。」

今時の冷蔵庫内にそんなに温度差があるわけがない。

私はいつものマヨネーズを 買った。

一度マヨネーズを手作りしたことがあった。

卵にすこしづつ油を加え、なかなか手間がかかったけれど味はなかなかだった。

ビンに入った外国のマヨネ ーズを買ったこともあった。

どちらも、あまりいい顔はされなかった。そんなに マヨネーズが好きな訳ではない。

よくきくご飯にまでかけるほど病的なファン、 なわけではない。

冷蔵庫の中のしかるべき場所に置かれた柔らかいプラスチックチューブの赤いキャップの

マヨネーズ。の、維持。

もう、やめてくれないだろうか。

そんなものがなくても、あなたはあなたなのだし、いつでも私がここにいるのに。

私はある人形師の所へと相談に行った。  

 

基本のマヨネーズ(『non-noお料理百科』集英社)

柔らかい酸味でこっくりとした味、なめらかな口当たりは手作りならではのもの です。保存は冷蔵庫で一週間。 −材料(でき上がり約1カップ分)−卵黄(常温にもどしたもの)−1個分サラダ油−カップ1 酢−大さじ1 塩・こしょう−各少々 溶き辛子−小さじ1/3 砂糖−少々 −ベスト味のためのポイント− 卵黄は新鮮なものを室温にもどしてから使うこと。古かったり、冷えすぎていると、卵黄の粒子が固まって、なめらかに仕上がらないからです。分離しないように、油と酢は少量ずつ十分に混ぜます。*1762kcal(できあがり1カップ分)−cooking− 1乾いたボウルに塩、こしょう、溶き辛子、卵黄を入れ、少しもったりとして、ボウルの底に筋が描けるくらいになるまで、泡立て器でよく混ぜ合わせます。2サラダ油を1〜2滴加え、1と同じ状態になるまでよく混ぜ合わせます。さら にサラダ油を2〜3滴ずつ加え、そのつど1と同じ状態になるまで混ぜ合わせ、少し堅くなるまでこれを繰り返します。3もったりとして、少し堅くなってきたら、酢を1〜2滴加えてよく混ぜ合わせ ます。再びサラダ油を2〜3滴ずつ加えながら堅くなるまで混ぜ、また酢を加えて溶きのばすのを繰り返します。4分量のサラダ油と酢が全部混ざって、全体が白っぽく、もったりとしたら、砂 糖を加えて全体によく混ぜ合わせます。最後に砂糖を混ぜると、つやがでて、まろやかな味に仕上がります。

 

 

 

 

 

最近は男女一人ずつの依頼があった。

僕は人形師だけれど人生の達人、なわけ ではない。

それなのにここのところこっそり相談を持ちかけてくる人が後を絶たない。自宅の庭

で昼間人形を作っている姿がいかにも優雅にみえるのだろう。結 構大変な作業なのだ

けれど。今日やってきた二人の問題は、どうやら今度の大会 で決着がつきそうだ。

僕は近所のドミノ大会に人形を提供していた。別 にバタバ タ倒されるわけではない。

ただ並べて人に見せることを趣味にする人もいるのだ 。見せるところが、たまたま

ドミノ大会なのだ。そして何故かそこでは「超合金 部門」と位置づけられている。

 

       

 

僕は人一倍責任感の強い青年に今度のことを依頼した。

彼は依頼人の出場するド ミノ大会の積み木部門へと出かけていった。

彼は競技を中断させこう言う。

「こんな人から借りてきた小さな箱に無理に自分を当てはめて不自然に笑うのはもう

やめろ。マヨネーズをつくる時だって、いきなり卵と油を混ぜても分離するだけで、

ちゃんと作るためにはいい状態に持っていった卵黄に油を一滴一滴慎重に混 ぜ込ん

でいかなきゃいけないだろう。自分の役割と責任だって、ゆっくり時間をかけて探せ

ばいいんだ。心配しなくたって、君は君だ。」

もちろん大会は再開さ れる。結果は僕の知ったことではない。

まずは女が報告にやってきた。

「ありがとうございます。おかげさまで、どうや らわかってもらえたようです。相変

わらずマヨネーズは買い続けていますが、あれだけ言っていただいたのです。

私の言うことは正しかったのです。ただいきな り私の言うことを聞くのもしゃくだか

ら相変わらず私にマヨネーズを買わせるのです。ではごきげんよう。」

次に男がやってきた。

「ありがとうございます。どうやら、彼女を変えることが 出来ました。相変わらすた

まにいやなつくり笑顔を浮かべますが、すこし意地を はっているだけだと思います。

いや、人を救うのも楽じゃないですね。ではさよなら。」

我が家でとっている地方新聞には、積み木部門の競技の記事が出ていた。

「途中 扉が開けられるハプニングがありながらも、久しぶりの二列100個完成

達成。ド ミノが一斉に倒される時はみな息を飲んだ。競技の結果 は先に完成さ

せた小学生 チームがまたも優勝。ランキング一位 の座を不動のものにした。」

 

彼らは、チャ ンスを生かす事が出来なかった。

これから超合金チームと乾杯だ。

 

 

 

「マヨネーズ婦人」

text:柴田友美

Illustration:nakaban

 

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