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アップルグレー

 僕はトップランナーに恋をした。僕はカットグレーのチューブでしましまに彼女を染めていった。「半分にします。」というのが僕の仕事で、視覚、聴覚、財産、一日、食欲、なんだって僕は引き受けた。彼女はある日僕の事務所にやってきてドアをバタンと開けるなり「半分にしてください。」と言って部屋のテレビをパチンとつけた。テレビには一面の雪景色が映し出されていた。

 僕は家庭から家庭用ミシンを盗んでは走る列車の上にアンテナのように積み上げる、ということを楽しんでいた。空気をバリバリ縫っていき、町を肉汁の多い豚饅の様にすっぽり覆ってしまいたかった。僕はある少女をなんとか救いたかったのだった。(少女がもうスイッチを切らなくてもすむように。)町は線路に沿って簡単に切り取ることが出来たし、無くなっても困らない家庭用ミシンはいくらでも手に入った。

 少女を守るのは難しかった。ある日僕のごく近い親戚がやって来て僕に告げた。「君はもう傷つきすぎているから、半分になることは出来ない。」僕は豚饅の町を捨て、少女の事を忘れた。

 列車に乗って僕は、再生工場の町にやってきた。半減能力を持つ僕はすぐに就職口を見つけ、そこで生活を始めた。

 半分にする、方法は簡単である。例えば老婆が「食べきれないから。」とその日に作ったソースを持ってくる。僕は半分ぺろりとなめてしまう。(大概は、そんな感じで解決してしまう。「アナウンスを半分に」と言われればやっぱり駅を一つ一つ回って交渉する。)物事が見えすぎる、と言う少年には、樫の木を与えて影響を受ける身代わりにさせる。(この頃は結構この需要が多い。)どうしても必要なときはそして、専門の絵の具で塗りつぶす。(子供達の間で「真っ暗投げ」が異常流行したときなんかは、闇を絵の具で塗りつぶすなんていうくだらないこともした。)

 「なぜ走り続けるのですか?」初めてテレビで彼女を見たのは彼女がインタビューを受けている時だった。「あたしがみたら、それが世界になるから。」そういって彼女は笑った。「走るのは苦しいでしょう。」と聞かれた時は確かこう答えていた。「『地球の裏側は実は大きなリンゴで出来ていて、苦い土をがりがりがりがりかじっていくと最後の最後にはとっても甘くなるのですよ。』と言うお話を今でも割と真剣に信じているのです。」

 僕は自分が世界にどう映っているのか知りたくなった。「靴の重さを半分にします。」と手紙を書き、僕は彼女と出会った。彼女の目に何が映っているのか確かめるより先に、僕は彼女に恋をした。


春一番

この町に来てから何故か、歩くとき靴の裏がべたべたするようになった。どうやらそれは僕だけのようで、他のだれに聞いてもそんなはずはない、と言って首を傾げた。いくら靴を変えてみてもぬかるみを通らないようにしても、つるつるスプレー、の様なものを靴の裏にかけても同じだった。それとテレビを無くしやすくなった。朝気が付くとテレビが無く、近所の粗大ゴミ置き場で10年位年を取った感じでみつかる、ということが何度か続いた。もうそのテレビは映らず、その度買うか人に譲って貰うかしていた。最初は誰かのいたずらだろうか、と思っていたがどうやら夜中に起き出してテレビを捨てに行っているのは僕自身のようだった。この頃意識の中でぼんやり、ただ重いテレビを抱えて外に出て、粗大ゴミ置き場まできちんと運んで家に帰り、鍵をかけてまた寝ている自分に気が付き始めていた。こんなこともあるだろう、位に思ってそれ程気にしていなかったけれどとうとうある日、僕は体の重さに起きあがれなくなってしまった。

胸がつかえるときには胸がつかえる食べ物で解消、というのが僕の女のような癖で、とにかくジャガイモをゆでて僕は食べた。でも今回はそれも効かず、僕はすぐまた横になってしまった。出会ってもいない何か大事なものをなくしてしまったような感じだった。泣いてもみたけれどそれはジャガイモよりも効果がなかった。

バターで白身魚を蒸していたときに彼女はやってきた。彼女以外の人は皆すぐに僕は搾ってあったレモンをかけて追い出してしまった。彼女は当惑する様子もなくすぐにテレビをつけた。どうやら靴の件で来たのではないらしかった。「この事故をなかったことにして下さい。」彼女は言った。「残念ながら僕にはなかったことにする能力はありません。この事故の規模かもしくは、そこまでの距離を半分にしてあげましょう。」そう言って僕は、彼女のスピードを半分にしてしまった。

彼女はそのままとどまり、春になり僕達は花見に出かけた。つかまえきれない花びらの中を歩いているとき、ふと足のべたべたがなくなった。「全てのガラスを渡して下さい。」と彼女は言った。僕は家に帰り、家中のガラス食器、窓ガラスを彼女に渡した。彼女はそれを一本の鉛筆に変え、それで人の絵を描いた。「あなたがあの雪の中でミニチュアを無くして泣いていたのを私はある大会VTRで見つけてしまったのです。」そう言って彼女は僕のすべてのべたべたとつるつるを奪って次の日また走り出してしまった。僕は窓も器も無い家で夏を迎えた。 終


PEN

 洗剤を買うと、レジで新発売製品のサンプルだ、と言って水性ペンを渡された。「新色『不確か』です。お使い下さい。」私はとても腹立たしくなり、それを持って世界一広いと言われるアスファルトの道路にあの人の名前を書きに行った。私が恋をしているかぎり、何があっても世界はきっちり存在する。不安の押し売りには負けない。不安を他人に映して生きたりしない。太陽がさんさんと照る国でそして、私は一人で泣いてしまった。

 それはとても優しい人たちの仕業だった。家に帰って届けられていた小包には『老人向け歌詠みセット』が入っており、私は口紅を探すよりも早くそれを送り返した。

 透明に

 向かいつついつも

 影を持ち

 君のことだけ

 想っています

 

 明日目指し

 美脚の椅子を

 燃やすなり

 夕日は赤く

 あなたは見えず

 

 「ダイレクトメール、カエシテ運動」とそれらは名付けられており、「私が送った物を、すべて送り返して下さい。」と言ったある女の人の言葉がいつの間にか郵送されるすべての案内状に印字され、そして一般消費者向けダイレクトメールがなぜか正しく届かないという現象がおこっていた。「間違って届いたダイレクトメールを送り返すとテレビが笑う」、という噂が流れ、人々は片端からダイレクトメールを送り返していたが、(間違えて届けられた物も、自分宛の物も)テレビが笑うところを見た人はなく、実際「テレビが笑う」とはどういう状態のことをいうのかよく分からなかった。

 テレビをつけて映っていたのは、ヒュウヒュウ音をならしながらペンを作っている工場だった。工場には次々手紙か放り込まれていて、白い帽子をかぶった紳士がひとつひとつ拾い上げ、「また届かなかったのか。」と言ってそれらを機械に放り込んでいった。機械はさらに大きな音で半透明のペンを作っていった。

 もっときちんとみていなければ。テレビを消すと外でカタンと音がした。ポストには風が入っていた。空まで間違えたのだ。私は笑ってそれを送り返し、そして犯罪者になった。もしかしたらあの人に、会えるかもしれない。      終