先日春日大社と東大寺に行ってきました。春日大社からの帰り道参道を歩いているとお坊さんに声をかけられてその人がいろいろ木や鹿の説明をしてくれはりました。その人になんとなく最近弟が亡くなった話をしました。聞いてみるとその人は真言宗のお坊さんで、うちは浄土真宗なので宗派が違うのですが話を聞いてくれはりました。「死ぬことはぜんぜん悲しいことじゃない」とか「真言宗では生と死はまったく同じ世界とかんがえてるねや。」とかいろいろ言ってくれはったのですが私はあの広い参道のまんなかで泣き出してしまってお坊さんがなにかいえばいうほど涙がとまらへんくなりました。奈良公園には子供のころよく弟と散歩につれていってもらいました。
今の会社に行きだしてからご兄弟は?と話のねたに聞かれるので弟の話をします。このあいだランチに外に出かけたときは派遣のコーディネイトのお姉さんと一緒だったのですが、そのひとは渉の事故の話をしたらえらい泣いてしまわはりました。わたしもつられて泣きそうでしたがすぐ仕事にもどらなあかんのでがまんしました。
死ぬことは悲しいことじゃない。そんな風に思えるときが来るんですかね。弟はどうおもってるんでしょう・・。
春日大社
日記
コメント
奈良に行ってきたんだね。お坊さんとお話して少しはすっきりできたところもあるのかな?
死ぬことは悲しいことではない・・どうだろう?私は母が亡くなってから3年すぎるけど、まだそんな風に達観できないな。修行が足りない?でも、母の場合は死んだ姉にむこうで会えてるはずだからよかったねと、私は思い込もうとしてるけど・・・。これが”悲しいことではない”につがなるのか??そんなことないか。
私の話でごめんやけど、母が倒れてからなくなるまで1ヵ月半、じわじわと死んでいったから、その姿を見続ける辛さが忘れられないよ。父も兄もそうだったみたいで、最後の頃何回かは私一人で病院いってたけど、今思えばかなりしんどかったぁ。しかもチューブだらけで喋れないからさ、何してあげたらいいのか分からなくて、後からもっとこうしてあげればよかったと反省ばかりしたよ。あと、開頭手術の前後の頃、私まで右耳の後ろ(手術部分)が痛くて眠れないし、立ってられないし辛かったけど、でも母はもっと辛いんだと思って、我慢してた。母の辛さが分からない分自分を痛めて気持ちを分かろうとしてたのかもね。人間の精神次第で身体に異常を出すなんてすごいと思ったわ。
今思えば、もっと楽な死に方させてあげたかった。うちらのエゴ(よくなると信じてたから)で、いろんな手術受けさせるべきではなかったなと。結果論だけどね。
当人も元気になりたかっただろうけど、きっとしんどいリハビリとか父の介護を受けるのが嫌で、先に逝ってしまったんだねと父と話したりしたけど、ほんとはどうなのかなぁ。いつかむこうで母に会えたときにでも聞いてみようかな。多分もっと長生きするつもりだったんだよといわれそうだけど・・・。それとも寿命がつきただけと言ってくれるだろうか?
ちょっとずれるけど、このことがきっかけで、死に付いて色々考えるようになった。人はいつか死ぬんだなぁと改めて強く感じて、子供以来だけど怖くなって眠れなくなったりしたわ。恥ずかしいけど。
あと自分はこういう最後を迎えたいとか、夫よりは先に逝きたいなとか考えるようになった。もうこんな思いしたくないからさ。ずるいかな。後ろむきな考えばかりでてきるね。
きっと自分なりの生きるための糧があればもっと前向きな死生観をもてるのかな。
ごめん。夜だからひとりよがりの話ばっかりして。まだまだ気持ちの整理がつかないね。
でも、前にも言ったように忘れないことが一番の供養だからいっか。(ここまで思えるようになるのにはかなり時間はかかったけど)
明日でお仕事最後だよ。がんばって起きてね!!
Kちゃんのお母さんが亡くならはってんてKちゃんが結婚してまなしやったし大変やったよね。お母さんには結婚式のときにお会いしだだけやったけど、なんか印象に残っています。ほんまうれしそうにしてはったもんね。でも手術がそんな大変やったとか知らなかった、ごめんな。なんかな、ほんまどうがんばってみてもどう考え方を変えてみてもあかんもんはあかんよね・・。お母さんに往かれるのもつらいやろうなあ。ほんまこんな思いをするのはもう二度と耐えられ経んけどこれからまだ当然つづくんやんな。ほんま考えられ経んわ。
ほんま死ぬときは死ぬねんな。かといって何もできへんねんけど。たとえ今が充実してたとしても前向きになれるわけではないと思うわ。ほんでKちゃん、わたしもうあかんわ・・。とかいいながら元気やねんけどな・・。